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永く受け継ぐために。レース編みのお直しに挑戦

異国で偶然目が合った。誰のものかはわからないけれど、大切にしたいと思ったもの。

だから、永く一緒にいられるように。

出会いと思い出

友人のTさんが見せてくれたこのポシェット。
昨年の秋に研修旅行で訪れたパリの、蚤の市で出会って一目惚れ。軽やかなクロシェレースだったので、春になったら使おうと楽しみにしまっていたものだそう。
ようやく春らしくなってきた4月。1度だけおそるおそる使用したその日のおわりに糸のほつれやダメージを発見し、やってしまった、とがっかり。。。
そんな中、編み物を生業としているわたしを思い出して、訪ねてきてくれました。

気になるポシェットの状態は?

繊細なレース編み。細い糸が何本も撚られたレース糸を使用しており、クロシェレースにしては太目の仕上がり。年月が経ってはいるが上品な光沢と、キュッとした質感からシルク糸だと推測できる。どこか不思議な佇まいだなあという印象を受けました。

・経年変化のせいか全体的に糸が痩せている
・まだ切れてはいないものの、擦り減って 切れそうな箇所も目立つ
・特にビーズの部分が引っかかって糸が切れて穴が開いており、ビーズも取れている箇所が多い
・色もくすんでいるがいい味になっているので、今回は洗わずにそのまま活かします


1箇所、 ピンクの糸で修繕している部分も発見。これはTさんの手元に渡る前から繕われていたようです。簡易的なお直しならばこのように縫い糸でこれ以上解けないように縫いとめても大丈夫ですが、どうにも見栄えが気になります。

かぎ針編みのお直しに挑戦

棒針組織のものは手編み・機械編み問わず お直しの経験がありますが、かぎ編み組織のお直しは実は今回で2度目の挑戦。ループ構造で縦に解けやすい棒針組織と異なり、一目ずつ編み留めながらつくられる構造のかぎ編みの組織。全体を解くのは容易いのですが、上下の段も考慮していかなければならず、部分的に修理しにくいのが難点。
だけど、1本の糸から構成されるのが編み物。つまり、1本の糸があれば、修繕できる。そう確信してこの依頼を引き受けました。


本体の糸よりもあえて細い素材を使用(ダルマレース#40)、色は浮かないように可能な限り近い色味ものを探しました。補強は1本取りで添え、糸が切れていて目を編み直す箇所は2本取りにすることで、1本の糸で太さの調整と 始めの糸始末を省けるように工夫しました。道具はレース針ととじ針を使用します。

長編みのお直し


長編みと細編み部分が切れた箇所。ビーズがもうひとつ編みこまれていたのでしょう。ちょうど一目分解けてしまっています。


まずは、糸が切れているところのすこし手前に糸を通し、2本取りになるように準備をします。不安定なループに通すことで補強もでき一石二鳥。


ひとつ手前の長編みの頭をなぞるように糸を通し、修繕したい部分に長編みを編みます。


ひとつ手前の長編みの頭と、上の段の目に引っ掛けるようにとじ針で糸を通して留めます。さもかぎ針で編んだように糸を通すのがポイントです。


次の長編みの根元とその下の細編みに続くように糸を通して留めます。お直しの糸端と切れてしまった元の糸は、通常の糸始末と同様に目立たないように隠してあげましょう。


よくみたらわかる、くらいまで 直せているのではないでしょうか。

鎖編みのお直し


鎖編みの部分が切れていました。その後編み続ける土台ともいえる部分です。しっかり直しておきたいですね。


鎖編みになぞらえて(チェーンステッチのように)針をとおしていきますが、次の段では鎖編みの裏山を拾って細編みがなされます。なので、鎖の裏山をつくるときに、細編み部分の根元にも糸を通すことで編んだ後のような仕上がりになりますよ。


数目同様に始末をし、目立たないように糸始末をすると完成。鎖が復活しています。

細編みのお直し


鎖編みと長編みの間の段の細編みが切れている箇所を修繕していきます。


下の段の鎖編み部分も糸が磨り減っていたのでまずは補強します。


上の段の長編みの根元と下の段の鎖の裏山をつなぎます。画像では細編み風に編み損ねてしまっていますね…


写真でご紹介した部分以外にも、全体的に修繕と補強を施しました。おもっていた以上にきれいに仕上がったのでは?なんて自画自賛。
お直しをする、ということには二通りあって、ひとつは元の状態を復元すること。もうひとつは機能的には再生させつつリデザインすること。今回は前者に取り組みました。忠実に再現させるには構造を理解していないと不可能だな、と改めて感じました。
そして、それはつくる以上に困難で、重要なことかもしれない、とも。

お直しを終えて

さて、Tさんとポシェット。いざ対面です。
大切にしたいからこそ、使えなかった。だけど、修繕ができることを知り、これからはもっと一緒にお出かけしたい!と嬉しそうに語ってくれました。


この日の装いにもぴったり!

手仕事は、長く伝わる。素敵な時間を共に過ごして、もっとぼろぼろになったら、大胆にリメイクするのもいいなあなんて。
そんなことを繰り返しながら、また誰かの元に辿りついてくれたら と出会いをつなぐ役割を担うことができて、ニットヲタクでよかったなあとしみじみ感じています。


対面した直後の笑顔がとっても素敵!わたしにとっても何よりのご褒美になりました。

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執筆者 Knittingbird/坂田