ニッティングバード

ニット専門のウェブマガジン

テキスタイルデザイナー梅林亮(澤田株式会社)インタヴュー

コロナ禍になってからリモートが作業が多くなり、これを機にニッティングバードが以前やっていたようなニット関係者に会いに行ったり、工場に行ったりということをオンラインでやりはじめました。

ニッティングバードらしいインタビュー内容にしようと思い編み物(ニット)に携わる「仕事」にフォーカスしています。
細分化されている業界の中で、「専門学校」に行ってもすべての仕事を知ることができません。

その仕事の内容や、仕組み、やり方、稼ぎ方など、他の媒体ではなかなか聞けないことを、あなたに変わってニッティングバード の田沼が取材します。
ニット業界を盛り上げ、仕事にしたいと思うきっかけのひとつにしてもらうために、様々な仕事を掘り下げていきます。

ニットに携わるデザイナー、OEM・ODM、作家、アーティスト、経営者、ライター、ヤーンアドバイザー、プログラマー、手芸店員、撚糸屋、紡績屋などあなたが知りたい「編み物(ニット)」の仕事をしている人を追っていきます。

動画でも見ることができますが。文字起こしもしましたので。ご自由にご覧ください。

第二回目のゲストは「さすらいのテキスタイルデザイナー梅林亮」さんです

セレクトショップ、ジョーンスメドレー、福岡ニットを経て澤田株式会社へ。

澤田ではブランドディレクターから、営業、企画と幅広く活躍し、工業用編み機を自ら動かせる稀な人物である。

澤田株式会社は50周年を迎え、ニット原糸を製造・販売する会社として大阪は泉大津を本社に構えてます。テキスタイルデザイナー梅林はデザインされた編み地を作り、ブランドやメーカーに澤田の糸を知らしめた人の一人です。

経歴や仕事について。

テキスタイルデザイナー梅林(以下梅林)経歴から行きますと、まず僕ずっと洋服が大好きで、福岡出身なんですけど学生の頃からセレクトショップで働いていて、福岡ニットさんっていうところに就職させてもらう機会があって。

その頃、新規開拓していたのがsacaiとかTOGAとか、担当を引き継いでたコムデギャルソンとか、同郷で大活躍してる三原康裕さんとか、そういうスーパーデザイナーに皆インスピレーションを受けたんですよね。

それでそこから、やっぱりニットのファッションとしてのアイテムとしてのニットの大事さっていうのをすごく勉強をさせてもらって今もずっとこの業界で働いているような状況です。

knittingbird田沼(以下K)>ちなみにセレクトショップ2つほど居られたと思うんですけど、どのようなブランドを扱っているショップだったんですか?

梅林あの頃は、ドリス・ヴァン・ノッテンとか、アントワープセブンと言われたちょうどめちゃめちゃ古い時代のブランド、ジャン・コロナとか扱っていましたね。

僕自身が福岡なのでセレクトショップ世代なんですよね。なので色々なブランドの色々なアイテムを見て育った世代なので。


K>地方だとやっぱりそっちの方が強いですよね。僕も群馬出身なんですけど、やっぱりセレクトショップにセレクトされてるアイテムを見て、ファッションを学ぶ。雑誌よりかは生で見る機会っていうのは東京行くよりやっぱりそっちの方が多いと思うので。



梅林そうですね~。僕もそうでした。

K>その後にジョンスメドレーで働いてたと思うんですけど、ニットっていう感じでガッツリ関わり始めたのは、このセレクトショップよりかはジョンスメドレーの会社でっていう感じなんですか?



梅林ジョンスメを扱い始めて、ジョンスメのニットってすごいやっぱり良いなって思ったんですよ。ハイゲージも…。あと一回だけ7ゲージのやつを出したんですけど、それ今僕もまだずっと20年近く着てるんですけど、やっぱり良いんですよ、本当に。

K>イメージ的にやっぱり12ゲージ以上のハイゲージを商品にしてるイメージがあるんですけど、7ゲージのものなんてあるんですね。

梅林あるんですよ。一回だけ出したんですよ。それを買って、それは未だに着ていますね~。

K>ちなみに当時というか、ジョンスメ自体ってやっぱりイギリスのベントレーって会社の機械でしたっけ。

梅林今は島精機が入ってます。

K>あ、基本的にホールとかそういう機械とやってるっていう感じなんですね。

福岡ニット時代を教えてほしいなと思うんですけど、僕も福岡ニット自体、ニット業界じゃ有名な会社じゃないですか。それこそコムデギャルソンさんとか色々な会社のブランドの良いニットをしてるっていう感じなんですけど、福岡ニット自体はどんなことをやられていたんですか?

梅林企画営業です。営業企画?うん。とにかく企画して自分で編地作って営業行って、形作って、それは企画側に任せて生産側に回してっていう話をずっとしてて…やっぱり良い会社ですね。未だにお世話になっていますし、未だに同僚も半分ぐらいはまだ残っていますし、すごくお世話になっている会社さんですね。

K>今の澤田さんに入っている時とは多分ちょっと違っているかもしれないんですけど、福岡ニットさんで企画営業をしている時の企画の仕方というか、提案の仕方、その時はまだ編み機自体は直接は動かしてはいない時代なんですかね?

梅林家庭機でやっていました。
澤田に入ってから自動機を使い始めました。


K>家庭機で作った編地を提案して…、
福岡ニットさんって基本家庭機もあるけど工業機とかですよね?生産って。

梅林いや、基本家庭機です。家庭機と手横ですね。

K>いまだにそういう体制なんですか?

梅林はい。外注で自動機も使っていますけど。

K>自社で作るのは家庭機と手横?

梅林はい。そこはもう会長さんのもの凄いこだわりがあって、それは素晴らしいことだなと思うんですけど。そこにこだわってやってるっていうのは凄いことだなと思います。未だに。

だから福岡ニットさんには僕はもう感謝しかないですね。教えていただいたこと、しかないですね。

K>当時デザイナーズブランドさんと取引があったと聞いていますけど、取引先に提案する中でどのようなことを主に気を付けていたりとか、大事にしていたことってあったりするんですか?

梅林やっぱり色使いですね。sacaiの阿部さんだったらやっぱり黒が基調になるし、minäの皆川明さんだったらやっぱりペールトーンが基調になるし、TOGAさんだったらやっぱりちょっとショッキングな明るい色が基調になるし、三原さんだったらグレーとか、黒じゃないんだけどグレーの…というのがあるし、すごく気を付けるようにはしていました。

K>その福岡ニットの時代から糸の選定っていうのは、澤田さん以外にもしていた感じなんですか?

梅林はい。福岡ニット時代は、澤田以外の糸の選定もしていました。

K>やっぱり前職がジョンスメドレーで販売員として働いていたということで、個人的に梅林さんってお客さんの欲しいあれが分かるのかなって思ってて、それを含めてブランドに提案が出来てるのかなと思うんですけど、

そういうセレクトショップ時代、あるいはジョンスメ時代っていうのが、福岡ニットさんの営業にすごく役に立っていた感じなんですかね。

梅林そうですね。はい。それはあると思います。
やっぱり服が好きだったので、色々なセレクトショップさんを福岡で回っていたから、そういう見てきたものの感性っていうのは自分の中に生きているとは思います。


K>その後の、澤田さんの時代について教えてほしいですね。
今の役職とかも入社当時に比べたら違うとは思うんですけど、その辺の流れとか実際編み機とかをどんな風に学んでいったのかも含めて、教えていただきたいなと思っているんですけど。

梅林2003年に入社をしまして、自動機を学びました。家庭機じゃなくて自動機を島精機さんに修行に行かせていただいて。

2004年ぐらいから家庭機をずっと自分で編み機使ってやって。

その後にホールガーメントを学びました。群馬県の旭ニット工業さんという会社で3か月かな、修行行かせてもらってホールガーメントを学んで、その後に帰ってきたら前任の先輩が退職されるという事で僕が全面に立って編地作りをやるようになりました。

それで2008年2009年に東京でいわゆるBOX、箱を借りて、自社ではなくて会場を借りて展示会をバーンとぶっち挙げたんです。そこからちょっとずつうちの会社の知名度も上がってきてよく回り始めて、その当時から海外の仕事も始めていたんですけど、今はもう編み立ては僕についてきてくれた男の子にすべてを任せて僕は今営業をやっているところです。

K>はい。そしたら順を追って話していくと、ちなみに島精機さんの勉強研修って色々聞くんですけど、そういうのは普通の横編み機、ホールガーメント含めてやっぱり基礎的なことを教えて、という感じなのですかね。

梅林そうです。あとはもう自分の努力次第でどう変わるかですね。

K>はい。その群馬県の旭ニットさんではどんな感じで教わっていたんですか?

梅林>も旭ニットさんには感謝しかないぐらい色々教えていただきました。ホールガーメントの基礎知識から何から何まで、プログラミングのすべてをたくさん教えていただいて。
それがあったからこそ、澤田の会社へ帰ってきて上手く編み機は使えるようになりました。


K>そこでやっていた自体はもう製品の編み立てのそういうのもやりつつ?

ニット工場の一連の流れみたいなのもっていう感じですよね?

梅林はい、しました。
全部見させていただきました。自分でお客様に納品する製品の量産も1から10まで全部やらせて頂きました。


K>ちなみに今澤田さんって糸を売ることが…生地提案して糸を提案して生地から見せるっていうのがメインだと思うんですけど、オリジナルブランドだったりOEMだったりして自社で最終製品まで生産することっていうのはある感じなんですか?

梅林今はそれをADAWASってブランドがやっています。
あとami amieっていう子供服のブランドもやっています。






糸を売ることについて

K>帰ってきてから、澤田さんの糸を使って提案する中で、福岡ニットさんに居た時とは違って編み機が動かせるようになったじゃないですか。さっき言っていた色使いの他に、一応梅林さん自体がテキスタイルデザイナーとして提案していくと思うんですけど、僕がやっぱり梅林さんにおける印象っていうのが、やっぱり澤田さんのニット用の原糸の糸を世に知らしめた人のイメージなんですよね。多分僕の周りの人って結構そういうイメージがある人が多いと思うんですけど。

とは言ってもニットのテキスタイルデザインって特になかなか確立されてないんですか。やっぱりテキスタイルデザイナー自体もそこまで有名じゃないっていう部分もあるんですけど。

で、僕自身が海外とかで勉強していると、向こうで作っている編地とニットの工場だったり糸会社で作っている編地っていうのは全然違うんですよね。それこそやっぱり提案の仕方が上手くないって言っちゃうとちょっとあれかもしれないですけど、やっぱり普通過ぎたりとか、最終的にアウトプットして製品まで出来るようなテキスタイルがあんまりデザインされてなかったりっていうのが日本の会社だったりとか工場が作っている編地だけだとそういうのが多い気がしていて、

それに比べてイギリスとかだと、前一度インタビューさせていただいたKNITOLOGYの鬼久保さんとか丹治基浩さんとか、エイコンという会社で働いていて、あそこは編地を一個何万円という風にラグジュアリーブランドに売っていて、

その理由っていうのが、このデザインはこのアイテムを前提に作られました。手横だったり家庭機だったりでやってくださいよ、みたいなのを含めて全部テキスタイルデザインされててすごい面白いな、というのはあったんですけど、なかなかそういう糸会社さんとか工場に僕は感じることは少なくて、

その中でも澤田にいた梅林さんっていうのは糸を売るにあたってそこがすごい気を付けていて、広げていった一つの要因なのかなと思うんですけど、梅林さんにとってその辺のところってどのように思っているのかなと思いまして。

梅林はい。やっぱり、糸を売らないといけないんですよ、うちの会社って。どれだけ素晴らしいテキスタイルを作っても量産できなければ意味がないので、量産を出来る範囲内で工場にデータを渡して出来るテキスタイルのギリギリの線っていうのを凄いいつも考えていました。

そんな中で色使いが、例えばバーバリーさんだったらバーバリーさんに合う色使い、有名ブランドでいくとマークジェイコブスさん、ラルフローレンに合うような色使いとかテキスタイルとかっていうのを、中国の工場、お客さんが使っている工場でも再現できるようなデザインとテキスタイルとデータのバランスっていうのを常に考えるようにしていました。

実際に使っていただいていますし、クリエイティブなものを作ろうと思ったらいくらでも時間をかければできるんですけど、そこに量産性とか生産性が無かったらしょうがないので、そこを踏まえて今も考えていますね。今はCOACHさんとか、もちろんシューズメーカーのエムアイさんとかともやっていますけど、そこは一番にいつも考えています。

K>ちなみに量産性っていうのはさっき言っていた糸の編みやすさもそうだったりとか、あとは堅牢度でね、移染がなかったりとかと色々なものがあると思うんですけど、多くはどういったことを気を付けてるってことなんですかね。

梅林やっぱり堅牢度とかそのあたりはお客様がどういう配色を出してくるかで、色展開で考えていて。あと報告する、これ危ないよ、とか言うしかないので、とりあえずは単発の一発目の色目で気に入っていただけるかどうかっていうことですね。





新しい糸の企画について

K>それで多分梅林さん企画で糸から企画して、編み立てして製品提案みたいなことをすることもあると思うんですけど、糸から企画する場合ってどのようなことを、想像というか、どういう糸作りたいってなった時にどのような順番でどんなことをしてやっていくのかなと思いまして。

梅林一番わかりやすい例は、今回RBTの東さんと一緒に糸工場からニット工場から、随分回ったんですよ。東さんに「色々なこういう糸があって、こんなんで…」と言って一緒に見ながら、「あ、これ良いなあ」って東さんがなって、僕が糸作って編地作って「じゃあ、これ製品化していこうよ」みたいな話になって。

それでニット工場さんを実際回って、それでそこのニット工場さんが持っているノウハウを使って、こういう製品を使いたいなあみたいなのを僕が全部起こしていくみたいな作業。っていうのは今回楽しかったですね。

K>それっていうのは、澤田さんが常時用意している糸ブックである、というのではなくて、糸から提案して作ってしまってっていうことから始まってる、ということですか?

梅林はい。全部オリジナルで作りました。

K>そういう場合ってブランドの印象も良くて実際売れたとなった時に澤田の糸ブックとして他のブランドにも今後出ていくっていうことはあるものなんですか?

梅林あります。結構多いです。僕発信で澤田の糸ブックになって出ていくことは多いです。

K>ちなみにそうやって糸の生産と工場の選定みたいなのがあった時に、一応量産する前提ですけど色々な問題が出てくると思うんですけど、例えばロットの問題だったりとか、あるいはデザイナーさんの要望がちょっと難しいよ、こっちの方がいいよみたいなことがあったりすると思うんですけど、そういうのって具体的にどんなものがあったりするもんなんですかね。

梅林うーん、今一番クリエイティブ部分で話が出来ているのが、やっぱりRBTの東さんで、そこはもう編地一つ一つ、東さんが柄を一つ一つ修正して何回も持って行って何回も話し合って、ってやっていますね。

三原康裕さんに関してはもう三原さん自体僕知っているので、好みを分かっているので、担当のデザイナーの子と「三原さんこれが好きだよね~、あーだよね~」って言いながら作ってやって、最終的にスケジュールと共に決めてもらっています。

K>糸から提案するテキスタイルデザイナーとしては、そこを含めて最初から作って量産のことも考えてやるっていうのがやっぱり一番楽しいものなんですかね。

梅林楽しいですね。ありもん使うってよりかは、一から全部そのデザイナーのOEMをやる側の人間としては、僕OEMのデザイナーの黒子の役割もやっているし、KNOT YET !っていう自分のレーベルもやっているし、だけど黒子としてはやっぱりそのデザイナーさんが一番喜んでいただける形を作れるのが一番うれしいですね。もちろん自分も買いますし。

K>そうですよね。なんかいつも梅林さんお洒落な恰好していますし、素敵なニット着てる。





ニットを学ぶことについて

K編み機も触れるテキスタイルデザイナーとしてすごい気になっていたのが、そうやって色々なとこで勉強されてきて、それこそ島精機さん行ってからニット工場行ってとなった後に、先ほど自分次第とおっしゃったと思うんですけど、どのようにして編み機をもっと知るきっかけというか、やり方をやっていくのかなって思っているんですけど…環境はあるじゃないですか。機械があって糸があって編めるという環境が。

僕がもしそこに入ったらどういう編み方が出来てどういう機械の動き方が出来て、みたいな感じでどんどん色々な編み方を提案して最終的にテキスタイルがどうなる、っていう風に勉強していくかと思うんですけど、そういう梅林さんが他の会社以外で自分でやっていくにつれて、どうやって知識だったり技術だったり広げていったのかなと思いまして。

梅林そうですね。今はもう編み立て離れてるので今は男の子一人、僕が10年かけて育てた男の子がやっていて、その子がもう色々僕が考えられなかったような編み図も考えられるようになって。

僕は僕で自分のレーベルでどういうテキスタイルが作れるかなあって思っていて、そこを凄い今は模索しているところですね。なんかこう革新的なものを作れたらいいなと思っている最中ですね。

K>梅林さんみたいになりたいと思ったときに、ニットを学べるとか、ニットのプログラミングを出来る環境って言うのが、パッと思いついた限りやっぱり糸会社さんよりニット工場しかないような気がするんですけど。

ニット工場は工場行ったなりに色々学べるとは思うんですけど、自由に出来るというよりかは量産よりだったりとか、そっちの感じがするんですけど、もし今ニット業界に入ってきてそれこそ編み機とかプログラミングを学びたいという人がいたとしたら、ちなみにどういうアドバイスするのかなと思いまして。

梅林難しい部分ですね~。
ニット工場さんも高齢化してきていて、うちとかでもっといっぱい採用出来れば良いんですけど、そういう余裕もないので。

だけど僕個人は自分自身が手編みとか家庭機から入っているので、まず家庭機まだ売っていますので、いとぼうちえ、編み目も売っているのでそこから入っていって、コンピュータのいわゆる編み目のニットプログラムをいっぱい入っているものが売っているので、そういうところから覚えてもらって、それでニットをやるって言うのであれば、そういうニット工場さんとか、うちみたいな糸商とかに入って行くのもいいのかなあ、とは思います。

まあとにかくニットを好きになってもらいたいなっていう気持ちはすごくいつも持っています。

K>はい。今ってちなみに、ファッション業界に入って梅林さん何年くらい携わっているんですか?

梅林16歳からやっていますので、29年ぐらいですかね。

K>すごいですね。その中でニットに携わってニットをやり始めたっていうのは何年ぐらいなんですか?

梅林25年ですね。

K>すごいですね。その中で梅林さんにとってニットってどういうものなんですかね?

梅林何なんでしょうね~。ライフワークでもあるんですけど、sacaiの阿部千登勢さんと仕事させてもらったときに、自分で編めて凄い人だなと思ったし、今はやっぱりRBTの東さんと仕事をするのが一番楽しいんですよ。何ていうか、ニットを分からないんだけど、こういうことがやりたいっていうことが素直に言えて、自分のブランド感とかを持っていて言える人っていうのは僕の中で今はやっぱりRBTの東さんかなあ~。

売れるとか売れないとかっていうより、三原さんさんとかももちろん20年以上の付き合いなので全然分かっているんですけど、なんか新しい物が作れそうな気がするな~っていうのは、僕45歳なんですけど、やっぱり年下のデザイナーさんですごい感性持っている方、とやるのが今一番楽しいですね。

K>なんかそう考えると僕もニッティングバードとしていつか編み機欲しいなと思っているんですよ。理由は、家庭機とかは全然ありますし、もちろん使えますけど、僕も学生時代とか一応横網の工業機を学ぶプログラミングは勉強してきたんですけど、やっぱりホールガーメントが出来てホールガーメントで出来ることってすごく増えたじゃないですか。

ただ、やっぱりホールガーメントも基本的には量産して効率化はかってスピード上げるっていうのが前提だから、なかなか工場の人と話したとき、僕が作りたいとかお客さんが作りたくてロットもはなしたときに、新しいものを作るっていう環境はすごい難しいと思うんですよね。機械としては出来る…

梅林ええ。そうですよね。

K>ただ今言っていることって言うのは、それこそ、Nikeのフライニットとかadidasのプライムニットってもともとのニットのデザイナーの人があれを作り始めたっていうよりかは、テクニシャンと全然知らないデザイナーの人が作ったっていうイメージがやっぱりあって、だからこそ技術を知っている人とデザインをもっと膨らませる人が付いたからこそ、すごい新しいのが出来たと思うんですけど。

梅林そうですね。はい。

K>今梅林さんが居る環境がそうなっていると思うんですけど、もっともっと色々なところでそういうものが同時多発的になって欲しいなと。もちろん違う会社でもある場所、違う工場でもそれが出来る場所とかもあると思うんですけど、まだまだ少ないし、それが出来てるところは僕はあまり知らないな、と思っていて。そうなって欲しいという感じですよね?梅林さん的にも。

梅林ありがとうございます。なんとかそうなれるように、頑張ります。

とにかく業界を盛り上げて、僕はファッションの方だけど、ビジネスとしてはそれ以外もやっていかないといけないとは思っているんですけど、なんとかこの業界を、ニットを盛り上げていきたいなと思っているので。





仕事をしているブランド

K>ちなみにRBTさんの服を作っていると言っていましたけど、言える範囲で他に作ってきたニットで面白いのがあったりとか

梅林>今やっているのは三原康弘さん、さんのとこと、RBTさん、あとニューヨークにいるメリッターっていうブランドと…ぐらいかな。

でも三原さん最近ちょっと電話で喋ることが多くて、やっぱり三原さんってすごいな、と思うことはすごいあります。もともと靴でやりながらウェアーも斬新で、斬新というか、もう三原さん自身が「僕は量販向きじゃない。僕はただのメゾンというか、量は売れないブランドだけど自分は自分のクリエーションをやって行きたい」っていうのを世に向けて発信されたっていうのはかっこいいなと思いました。まあそれぐらいですね。





ニット業界を目指す人へ

K>今後この業界に来る人にニット業界の魅力だったりニット自体の魅力でも良いんですけど、アドバイスとかあったら梅林さんの声を聞かせてほしいなと思っていまして。

梅林はい。僕ニットの業界に携わろうと思ったのは、うちお母さんが中学生前に離婚したんですけど、母親が“亮”の“R”っていう文字をインターシャで入れてセーター編んで手編みでくれたんです。僕こういうの欲しいと言ったら。そのセーターが大好きで、それが忘れられなくて、このニット業界に入ったんですよ。

K>初めての手編みで着た服って言う感じなんですか?

梅林そうです。はい

K>それがインターシャっていうのもまたすごいですね。

梅林そうなんです。だから別に手編みじゃなくても良いんですけど、僕編み物の勉強をずっとしていて、アランセーターのいわゆる経緯とか、メディアス編み…元々ソックスがインドだったかな、忘れましたけど、

なんかこう温かみがあるっていうのが一番のニットの魅力であって、まあだからローゲージが好きなんですけど、なんかそういう家庭的な衣服だと思うんです。ニットが一番。家族で分け合える、とか家族が作れるとかっていう衣服だと思うので、それを面白いと思ってもらえるんであれば、それが一番良いかなと思っています。





業界の今後について

K>分かりました。そうしましたら、このご時世でコロナでやっと緊急事態宣言解除されたと思うんですけど、今後ファッション業界、梅林さんがどうなっていくのかと予想しているのかと、

あと梅林さん自体今後それを含めなくても良いんですけど仕掛けていくとか、こんなんやっていくんじゃないかっていうのがあれば、業界の今後と梅林さんが今後やっていくことをちょっと教えていただきたいなと思っていまして。

梅林はい。コロナ後は高い服は売れないと思います。ユニクロとか、ハッキリ言えば今ファッションに入ろうとしているワークマンとか、そういうところの服しか、大多数の人間は買わないと思うんです。僕みたいにちょっと尖がった人間はもちろん尖がった服を買うんですけども、割合はかなり変わっていくと思います。

僕が今後仕掛けようと思っているのは、もちろん僕会社員なのでやっぱり売れないといけないので、抗菌とか機能性を持ったものを、ニットだけじゃなくて、今後企画開発してやっていかないといけないかなと。

ナイキさんでもやっぱりノンフッ素の撥水加工、パタゴニアも本社もノンフッ素の撥水加工とか環境に配慮した機能性を持つものっていうものををみんな求めているので、そういったところを自分でどうやって企画開発できるかなって思っているところです。だからそういう部分をクラウドファンディングを含めたりとかSNSで拡販をできればな~という風には考えています

K>そういう例えば糸とか高機能繊維を考える時って、やっぱりどこかの作れるところと組んでやるものなんですか?

梅林そうですね。自社では全部やりません。そういう薬剤メーカーさんとか繊維工場さんとか、全部グループを組んでやらないと出来ないです。やっぱり薬剤メーカーさんが一番ですね。

K>なんか凄いとんでもないお金がかかるイメージなんですけど、そういうのって全体で提案するという感じだから、澤田さんが全部払うってわけじゃないんですよね?研究開発においてお金かかることって。

梅林いや、うちがまず発信源になるので、僕がリスク張るかどうかですね。僕あのビビり屋さんなので、なかなかリスク張れないので、なんかこういつも考えるんですけど、とりあえずはうちが提案をしてこういうプランを組んでこういうところに売りたいって言うのが、うちがやるべき仕事ですね、今の環境では。

K>なかなかそういう体制が整っているってところはないと思うんですけど、それこそパッと出てきた中で言えば佐藤繊維とかくらいしかないと思っているんですけど、そこまで力を入れてやっているところってあるもんなんですか?

梅林そうですね。
佐藤繊維さん、山形のコーヘンやってる米富さん、とかぐらいかな~。
あと丸安毛糸さんもありますけど、でもやっぱり一番の突破口を持っているのは佐藤繊維の正樹社長かな~とは思います。


K>こないだ出したマスクも凄かったですよね。和紙でそもそも肌触りも良くて抗菌作用もありつつ、銅のシート入れてるっていう。

澤>やっぱりあの辺の感覚は正樹社長はすごいと思います。

K>なんか僕の中でニットマスクをちょっと調べていたら面白いなと思ったのが、佐藤繊維さん以外にミツフジさんという会社が出てきまして、知っています?

梅林ミツフジさん知っていますよ。ウェアラブルでホールガーメントでニットを編んでそれを作業員さんに着せて、それで体調管理を全部出来るようなシステムを作っている会社さんなんですよ。

K>なんかもともと帯とか作っている会社からそっちに行ったと聞いていて、電導繊維とか研究開発できるのがすごいなあと思ったんですけど、研究開発した後にそれをどういう風に使うかっていうのがもう感覚的にベンチャーみたいな感覚だなと思っていて。

梅林そうなんですよ。出口が見えているんです。うちは出口が見えていないんです。まだ、色々なことをやろうとしていて。

K>ただ、あそこは特別すぎます?

梅林うん。ミツフジさんはすごいと思っています。僕個人的には。ちゃんと出口が見えているし、元々の自分たちがやって来た事業と、含めてやれてるっていうのはすごいなあと思いますね。

K>僕がニットのことを語る時にプロダクトっていうことを常に出したりするんですけど、やっぱり医療品だけで留まると色々な問題が出てきたりそれこそやっぱり値段が安かったりとかってあるじゃないですか。

やっぱりフライニットプライムニットを見てるとあれってプロダクトじゃないですか。提案としてもファッション、アパレルっていうよりかは何か違う業界にスライドできそうな技術とか提案がすごい詰まっていると思っていて。

梅林ありますよね。

K>それこそミツフジさんのやつなんかは、銀繊維を練っているって言っても、そういう電導繊維でもあるから抗菌だけじゃなくて、ウェアラブル端末として体調管理できるというのは本当に違う業界、それこそ医療業界とかにも全然スライドできるから、個人的に僕はそっちがすごい楽しみでしょうがないですけど、なかなかあんな風に出来るってところはないですよね?

梅林ないですね。ミツフジさん僕3年ぐらい前からベンチマークしていたんですけど、やっぱりすごいです。

K>直接行かれたことはないんですか?

梅林あります。一回コンタクト取りました。

K>福島の方に、一年半前に着工したらしいんですよ。
あっちの町のプロジェクトと今大学とか企業とかとコラボして、技術開発とかもしながら、復興支援みたいなことを出来たらみたいなって、今はもうフルでマスク回っているらしいですね。

梅林素晴らしいですね。あ~ニュースで見ました。
なんかね、僕ら自身もなんとかして色々な事をやれたらと思っているんですけど、って感じです今。


K>あそこの会社ってどうやってあっちの方にいったのかなと、それこそあれなんですかね、社長が変わってからそういう風になったって感じなんですかね。

きっかけが分からないじゃないですか。それこそITの会社がアパレル来たからといってIT寄りでウェブマーケティングが出来て売れるとは限らないし、逆のこともあるけどなかなか難しいじゃないですか。別の業態が来てっていうのは。それで考えたときに、あそこには絶対需要あるって見出せて、それこそ電導繊維プラスっていうのがあったから、面白いんですよね。

梅林凄いなあと思います。あの会社は。でもめっちゃ高いですよ糸。

K>糸事態も一応自社だけじゃなく売ってるんですね。

梅林売っているんですよ。糸1キロ7万円ぐらいした気がします。

K>カシミヤより高いですね。でもそう考えるとそりゃあのぐらいいくなって感じですよね。一着3000円ぐらいですもんね、マスクね。あっちもそうなんですか?医療用のウェアラブル端末の方と銀を練りこんだのが二つあるって書いてあったんですけど、どっちもそのぐらいするってことですか?

梅林うん。ウェアラブルの方はあれパッケージです。島精機の方式と一緒で、パソコンと業務員と、着数と、全部セットで売るって形ですね。

K>それめちゃくちゃ面白いですね。ハードとソフト両方売っちゃうってことですもんね。

梅林そうです。だからパナソニックが導入しようとしているんですけど、たぶん何千万単位だと思いますよ。でもそのパッケージが作れるノウハウは凄いなと思います。そんなところですかね。


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