2013年春夏より東京コレクションで活躍する「Motohiro Tanji(モトヒロタンジ)」のデザイナー丹治基浩さんにインタヴューをしてきました。
「モトヒロタンジ」はコレクションブランドでありながら、自動機を使ったニットウェアだけでなく自ら「手編み」や「家庭機」を使い独自のテクスチャーと、ニットでしかできない表現方法で他のブランドとは違う表現を続けています。
デザイナー丹治基浩さんが考えるニットとは、またニットデザイナー・テキスタイルデザイナーの今後についても聞いてました。
ファンション好きな人だけでなく、クラフトや手芸好きの人にも知って欲しいファッションデザイナーです。
まずモトヒロタンジのブランドについて教えてください。
丹治:ニットオンリーのブランドとしてニットの魅力を伝えたいと思い、編み地に特徴があったり、ニットでしかできないような表現を続けています。
ニットの本場イギリスのノッティングガムトレント大学から本格的にニットを学んだと聞いていますがそれまではどうしていましたか?
丹治:慶應義塾大学のSFCで3Dのテクノロジーを使ったファッションデザインを勉強していました。デザインの勉強というよりは研究をやっていて、このままだと研究者になるのかなと、それよりデザイナーをやってみたいという思いがありました。学生時代は国内のファッションコンテストに出しまくっていましたが入選止まりで思ったような結果が出ませんでした。
こういうやり方だと国内のコンテストでも結果が出ないと思ってた時に、ニットデザイナーのSandra Backlund(サンドラ・バックランド)を知りました。彼女のニットを見たときにニットしかないと思いニットを勉強するために海外の学校に行くことに決めました。イギリスのノッティンガムトレント大学がニットが強いという話を聞いていたのでそこに行くことにしました。
彼女が2007年のイエール国際モードフェスティバル(コンテスト)で大賞を受賞した時ですね。ニットでファッションを志すものでしたら、彼女の作品に影響を受けた人は少なくないですよね。
丹治:それまではテクノロジーを使ったファッションで何か形にしたいと思っていましたが、完全に全部やめてニットにいこうと思って、イギリスでニットをやり始めました。
思い切った選択ですね。それほど、ニットが魅力的だったというのはわかります。
丹治:ノッティンガムトレント大学は2年間通っていました。MA(修士)コース1年間とその準備コース1年間の合計2年で、最初の1年目のMAの準備コースではニットの技術が全くないため、BA(学部)の1年生が受けるニットの授業を一緒に受けていました。
海外の学校は他も似たようなものだと思うのですが、日本の学校と違い技術の授業がほとんどなくニットの技術的な授業は週に2コマ(3時間)だけでした。あとは自主的にやっていました。手横機が沢山あって、家庭機が数台、自動機が4,5台ある設備環境でした。
ノッティングガムはポールスミスが卒業生として有名ですが、僕がロンドンに住んでいた時も、首都から離れたところにある大学ですがニットに定評があるというのは聞いていました。ニットを勉強するならノッティングガムかチェルシーかセントマーティンズの3校があげられます。
以前働いていたノッティンガムにあるAcon textile(エーコンテキスタイル)について教えていただけますか?
丹治:家庭機と手横をメインにニット工場にあるようなニットの生地見本「スワッチ」を作っていました。工場のスワッチはあくまでも「布のサンプル」のイメージが強いですが、会社で作っていたスワッチはテキスタイルデザインされたものとして最終的に服の身頃として使えるものをデザインに落とし込んでいます。日本で見る生地見本はあくまでも技術の見本でそのままでは使えなく、一つ何かを考えたりこちらで使える形にテキスタイルをデザインしなおさないと使えません。
なるほど。そういう部分が、基本的に日本で作られている「無料で提供している編み地見本」と、数万円で取引されている「デザインされたテキスタイルとしての編み地見本」の違いなんですね。
丹治:エーコンテキスタイルでは、工業用編み機で量産するのが当たり前の中、自動機でサンプルは作っていませんでした。
クラフト的な要素も入れられ、自分たちでデザインをすぐに編み出せるという意味で手横や家庭機が使われていたのかもしれないです。
エーコンテキスタイルがファストファッションからラグジュアリーブランドに認められる編み地スワッチを作っているんですね
ニットロジーデザイナーの鬼久保さんもここで働いていたらしいですね。
丹治:そうですね。彼女はノッティングガムトレント大学の後にSFCに行き、エーコンにもいたのでかなりいた場所がかぶっていますが、同じ時期だったのはノッティンガムトレント大学の時の1年間で、日本とイギリスにいた時期が入れ違いのような感じです。
ニットを仕事にしているとニットの可能性について言及されると思いますが丹治さんはどう思われますか?
丹治:自動機、手編み、家庭機、棒針、かぎ針とありますが、それぞれが全部役割が違います。自動機はスピードが早くて量産向き。自動機だけで100%全てのニットができるわけでなくて、市場にあるほとんどのニット製品は機械で作られていますが、自動機でできない表現もたくさんあります。僕はコレクションピースは家庭機で編んでいて、それが自動機でできるかというと出来ない。家庭機を使うと手作業をミックスできるので必然と表現の幅を広げられます。ニットを発展させるためには、いろんな方法や道具で可能性を広げていく必要があります。
リアルクローズとのバランスはどうでしょうか
丹治:ブランドでは家庭機や棒針などの手編みを使ったクラフト寄りのアイテムと、自動機で作るアイテムを作っています。
ブランド当初は自動機のニットがほとんどで、家庭機や手編み手横の製品はあまりありませんでした。ブランドの特徴を出そうと思った時に、手編みや家庭機の表現や技術でより深い表現をしていくことが必要だと感じ、最近では家庭機で作ったアイテムの分量も増えています。
それはコレクションピースだけでなく量産できるものを家庭用編み機で編んでいるということですか?
丹治:そうです。
ちなみに量産体制はどうなっていますか?
丹治:棒針などの手編みはまだ量産できる人がいますが、家庭機は出来る人が少ないです。ニット教室もやっているのですがそれをやり始めたのも家庭機が使いこなせる人が少なくなっていったという背景もあるので、家庭機を扱える人が増えてほしいという思いはあります。
coromozaで開催している「編み機教室」の詳しい内容を教えてください
丹治:Motohiro Tanji Texture Creation:は家庭機の使い方を教えることとテキスタイルデザインや編地を開発するための技術を教えています。日本の一般的なニットの学校やニット教室と違い、技術を詰め込んで教えるのではなく、技術を生み出すための技術を習得するためにニットの根本的な構造から教え、既にある技術をいかに発展させていくのかを教えています。
ワークショップ形式ではなく、初級コースと中級コースの2クラスそれぞれ週1回3時間の授業を13週でやっています。
どんな人が参加されていますか?
丹治:生徒はニットを専門的に学んでいる学生だけではなくニットに興味のある服飾系の学生やブランドや企業のニットデザイナーなど、あまり知識や技術がない人も参加しています。ニットを初めてやる方のほうが多く、趣味で参加している人よりは、ニットを仕事としている人や今後プロとしてやっていこうと考えている人が多いです。編み地をデザインするにはどうしたらいいかというのを教えているので、服を作るのではなくはテキスタイルデザインを教えています。
VOGUE学園さんやand WOOLさんは小規模ですが家庭用編み機を教えています。それらと差別化するにはとても良いと思います。
丹治:学校として成立させるにはVOGUE学園さんみたいな感じも良いとは思いますが、今は自分が「こういう人が必要であろう」 という人材を育てる目的で教えています。あまり広げようとすると他の学校や専門学校と同じようになってしまうし、テキスタイルデザインに特化して独自の編み地を生み出す方法論が教えられるということが一番の強みなので。教えていることはニットのテキスタイル作りまでですがファッションの学生や布帛の服作りがわかる人は自然と服まで作り始めますね。
ニット業界に人材を増やすという目的のもとニッティングバードを運営しているのでとても賛同できます。また、ニットはセーターだけにとどまらずいろんな可能性を持っているもので、NIKEのフライニットのような「プロダクト」方面の提案がとても重要になっていくと思っています。
丹治:僕自身もそのようなことを考え始めていて、ファッション業界にいるとニットは服って考えられていますが、インテリアなどアパレルとは違う分野でもニットの技術を持つ人材を探しています。ニットのテキスタイルデザイナーという位置付けでやっている人がほとんど見当たらないので、全体のレベルを上げていけばこのエリアも需要が増えていくのではないかと考えています。
それは素晴らしい考えですね。ニットデザイナー育成についてもお聞かせください。
丹治:ニット教育に関しては、日本の教え方はそれはそれでいいと思いますが、技術は教えてくれるけどデザインはほとんどと教わりません。海外は正反対でプロセスやデザインの展開を重要視しているけど技術は弱い。
日本のいいところと海外のいいところ両方を見てきたので、バランスを保てないかなと思っていて、海外は技術を教える量が少なすぎるし、日本は多すぎると思っています。
今後のブランド活動を教えてください
丹治:軸は完全にニットにありニットが得意なブランドだと思っているので、ニットを追求するということはブレずにニットで出来ることを模索し続けていきたいと思います。
手芸とファッションのクロスオーバー
今回の丹治さんみたいなコレクションブランドでありながら、家庭用編み機を使ってコレクションを発表をするというのにとても驚かれた方も多いのではないでしょうか。
手編みをやる人は、作家さんやハンドニットのデザイナーしか知らない、またファッションを志す人は、ファッション系のデザイナーしか知らないというのが普通です。しかし少し視野を広げてみると、手芸とファッションがクロスオーバーした新しい発見や可能性が沢山広がっています。
是非ニットデザイナーを目指す学生や手芸や手編みをやっている人も、ニット(編み物)の「多様性」を感じていろんな分野と交わって新しいものが生まれる環境を一緒に作っていきたいと改めて思いました。
また、「デザイン」の分野でいうとまだまだ日本の学校はファッションではなく洋裁学校と比喩されて表現される面がありますが、本当の意味でよりニットを面白く、オリジナリティーあるものがデザインできる人を排出できる学校や場所を増やしていきたいと思っています。そして、エーコンテキスタイルようなニットのテキスタイルデザインができる会社、ニットで様々なものを提案できるニットデザイナー・テキスタイルデザイナーが一人でも増えればと思い身が引き締まる思いでこの記事を書きました。今回取材にご協力いただいMotohiro Tanjiのデザイナー丹治さんどうもありがとうございました。
執筆者Knittingbird 田沼